大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(ム)8号 判決

再審原告 板倉育造

再審被告 津村康

訴訟代理人 西尾盛三郎

主文

本件再審の訴を却下する。

再審訴訟費用は再審原告の負担とする

事実

一、再審原告は、東京高等裁判所が昭和三十二年七月二十三日に同庁昭和三十一年(ネ)第七四四号損害賠償請求控訴事件について言い渡した判決を取り消す、再審被告(被控訴人)は再審原告(控訴人)に対して再審原告が昭和二十八年六月九日東京簡易裁判所に提出した同裁判所昭和二十七年(ハ)第三七八号賃貸料請求事件の口頭弁論調書に対する「実質的記載事項記載の許可申請書」を訴訟手続書類として扱い、訴訟記録として取扱うときは法令に従い送付せよ、この行為不能のときは金五万円を支払え、訴訟費用は第一、二審、再審とも再審被告の負担とする、との判決を求め、再審事由を次のとおり主張した。

(一)  再審原告は昭和三十年四月七日再審被告を相手方として東京地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起し、同裁判所民事第三部は同庁昭和三十年(行)第三六号として審理の結果、昭和三十一年三月三十一日再審原告敗訴の判決を言い渡したので、再審原告は同年四月十二日東京高等裁判所に控訴の申立をし、同庁昭和三十一年(ネ)第七四四号として同裁判所第六民事部に係属したが、昭和三十二年七月二十三日、控訴棄却の判決が言い渡され、その判決は確定した。

(二)  右確定判決に対しては、次に主張するごとき再審事由が存在する。

1、再審原告は昭和三十一年六月四日附準備書面の三において、本案訴訟事件(東京簡易裁判所昭和二十七年(ハ)第三七八号)の厚紙表紙の上に抗告事件(東京簡易裁判所昭和二十八年(ソ)第一〇号)の厚紙表紙をつけ、抗告事件に本案事件が併合されたかのごとく、一綴の事件記録として送付した取扱方法は違法であることを主張しているが(原判決事実摘示(六))、これについて判断されていない。本案事件は東京簡易裁判所に係属中であり、抗告事件だけが東京高等裁判所に係属しているにもかかわらず、本案事件も抗告事件とともに高等裁判所に係属中であるように取り扱つている。本案事件の表紙の上に抗告事件の表紙をつけることは、併合の裁判があつて初めてなされることであるが、本案事件を抗告事件に併合する裁判を申し立てた事実もなく、その裁判もなかつたのである。また、区裁判所書記規則第六条には、各記録には記録号を附す、表紙には裁判所及事件名-中略-を記し、とあるから、事件別に記録を整理すべきであることは、いうまでもないことで、現にこれは実行されている。

2、前記準備書面の二の(二)の中、該申請書を書記官は手元におき公開しなかつたこと、及び「一切の表現の自由はこれを保障する」という憲法第二十一条の条文に違背しているという主張(原判決事実摘示(五))について、判断されていない。刑事手続においても、民事手続においても、不当な勢力の介入を防止するために、訴訟手続の公開の必要性が説かれている。該申請書を編綴すべき本案事件記録のあるところに送付しないから、本案事件記録を参考記録として裁判した東京高等裁判所及び最高裁判所の裁判官は、該申請書をみていない。昭和二十八年六月九日に提出してから、東京地方裁判所に送付された同年十一月十一日に至る約五カ月間、該申請書は書記官の手元におかれて公開されていないのであるが、この公開されなかつた事実について判断されていない。

3、前記準備書面の二の(ハ)(原判決事実摘示(四))の中で主張している、区裁判所書記規則第七条及び民事訴訟法第三十四条第二項に関して書記官の取扱は不法であるということについて、判断されていない。右規則第七条には、「順次番号は記録に於ける書類の前後を定む」とあり、民事訴訟法第三十四条第二項には「前項(移送の裁判が確定したとき)の場合に於いては移送の裁判をなした裁判所の書記はその裁判の正本を訴訟記録に添附し」とあつて、書類の前後を定めている。村田書記官の書類取扱は法令に違反していることを主張しているのに、この条文に基きこの事実を判断していない。また、前記規則第七条には、「書類の授受を明らかにする為書式第一号に従い日記を作る、この日記には総ての書類を登記す、日記の登記は到来の日之を為すことを要す」とあるが、村田書記官は該書類を民事訴訟法上の書類として扱わず、この日記に登記していないものと考える。

4、前記準備書面の二の(ロ)の後半(原判決事実摘示(三))で主張している、「かかる内容の書類を本案事件送付に便乗して地方裁判所に送付することは、簡易裁判所でなければ裁判できない裁判が、簡易裁判所でなされなかつた」との、すなわち管轄外の裁判所に送付されたという事実について、判断されていない。また、区裁判所書記規則第十四条には、「書記は到来した書類の逓付先を証明すべきものとす、記録の終局逓付は記録帳簿に明記し、書類の終局逓付は番号目録に証記すべし」とあるが、村田書記官はこの取扱もしていないと考える。

(三)  なお、再審原告が原判決に対して上告をしなかつた理由は、昭和三十一年六月四日付準備書面二の(二)において憲法第二十一条違反の主張をし、二の(ロ)において第三十二条違反の主張をしているにかかわらず、原判決には単に憲法違反とのみ摘示され、この点に関する判断が理由中に示されていないので、上告を提起しても、上告の対象とならないと考えたためである。

二、再審被告訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、再審原告主張の各再審事由が、再審原告の昭和三十一年六月四日付準備書面中再審原告の主張している各記載及び原判決事実摘示中再審原告主張の各部分に該当することを認める、と述べた。

理由

職権をもつて考えるのに、再審の訴は、当事者が上訴によつて主張した事由、または知つて主張しなかつた事由に基いては、これを提起することができないことは、民事訴訟法第四百二十条第一項但書により明らかであるところ、その後の場合、すなわち当事者が再審事由を知りながら上訴によつてこれを主張しなかつたときの中には、当事者が現実に上訴をした場合のほか、結局上訴はしなかつた場合をも包含すると解するのが相当である。けだし、再審は確定判決に対して例外的に不服申立が許される場合であるから、通常の上訴の方法によつては判断を得られなかつた事由に基いてのみ、再審の訴をもつて不服を申し立てることを得べく、したがつて、当事者が通常の上訴の方法で主張することができたのに、ついに上訴の申立に及ばないで、その判決を確定するに至らしめたという場合は、自らその権利の行使を怠つたものであるから、その事由に関する限り再審の訴を提起することができないとすることが、前記法条の趣旨に合致すると考うべきであるからである。

再審原告は、原判決に対して上告を申し立てなかつたことの理由として、原判決は再審原告の憲法違反の主張について判断をしていないから、上告の対象とならないものと考えたと主張するが、民事訴訟法第三百九十四条は、判決に憲法の解釈の誤あること、その他憲法の違背あることのほかに、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背あることを上告理由としてあげており、ことに同法第三百九十五条第一項第六号は、判決に理由を附せず、または理由に齟齬あるときは常に上告の理由あるものとしているから、再審原告が本件再審において主張するがごとき事由、すなわち原判決に判断の遺脱ありということが、上告理由にならないということはない。ひとり判断の遺脱のみならず、およそ確定判決に対する再審事由として認められるような重大な事由は、その確定前一層強い理由で上告の理由となると解することが、訴訟経済の原則に照して是認されるのである。(昭和九年九月一日大審院判決、大審院民事判例集第十三巻一七六八頁参照)したがつて、再審原告が果してその主張するように考えたとしても、それはその過失に基くものといわざるを得ず、そのような場合に民事訴訟法第四百二十条第一項但書の規定の適用が排除されると解すべき理由がないから、この点に関する再審原告の主張は採用することができない。

(なお、右結論には関係のないことではあるが、再審原告は当裁判所のした原判決に判断の遺脱があると主張しているので、この点に関する当裁判所の見解を附記することとする。元来本件訴訟における再審原告の請求の趣旨たるや、再審被告に対して、再審原告が昭和二十八年六月九日東京簡易裁判所に提出した同裁判所昭和二十七年(ハ)第三七八号賃貸料請求事件の口頭弁論調書に対する「実質的記載事項記載の許可申請書」を元の姿に戻し、同書類を民事訴訟の書類として扱い、かつ、訴訟記録として取り扱うときは法令に従い送付すべきこと、及びこの行為が不能なときは金五万円を支払うべきことを求める、というのであり、その請求の原因として陳述した事実の要旨は、再審原告を原告とし、長谷川米子外四名を被告とする東京簡易裁判所昭和二十七年(ハ)第三七八号賃貸料請求事件について、昭和二十八年六月九日再審原告は前記請求の趣旨表示の申請書を東京簡易裁判所に提出したところ、これよりさき右訴訟事件については昭和二十八年三月二十五日これを東京地方裁判所に移送する旨の決定があり、再審原告は右決定に不服であつたから東京地方裁判所に抗告を申し立てたが棄却されたので、右棄却決定に対し昭和二十八年六月一日東京高等裁判所に再抗告を申し立て、前記申請書提出当時は右訴訟事件の記録は東京高等裁判所に係属中の右再抗告事件の記録に添附されて東京高等裁判所に存在していたにもかかわらず、右申請書を受理した担当書記官村田寿男はこれを右記録の所在する東京高等裁判所に送付せず、前記移送決定に対する再抗告が棄却され、最高裁判所に対する特別抗告も却下されて、右訴訟記録が最高裁判所から東京簡易裁判所に返送された後になつて、最高裁判所の記録送付書の後に右申請書を編綴し、しかも右書記官は右申請書を保管中もみくちやにしたことは、提出者たる再審原告の名誉を毀損する違法行為であり、かつ再審原告はこれに因つて前記賃貸料請求事件の移送決定に対する東京高等裁判所の再抗告事件及び最高裁判所の特別抗告事件の審理を受けるに当つて、右申請書を資料として利用されなかつたため公正な裁判を受けられなかつたなどの損害を被つたというにあることは、本件訴訟記録に徴して明らかである。そして、原判決はこれに対し、右書面編綴に関する前記書記官の措置は適法であるゆえんを説示し、次に右申請書が書記官の保管中もみくちやにされたとしても、再審被告に対し他人の行為に基く結果に対しこれを元通りにすることを求める請求権があるものと解することはできない、と判断したものである。再審原告が本件再審の事由として原判決が判断を遺脱したと主張する各論点は、右請求原因たる事実に対し、その違法性を論証するために主張したものであり、間接事実たる関係にあるものと解すべきであつて、もしそうでないとすれば、これらの主張は前記請求の趣旨と何らの関係がなく、本件訴訟において全く無意味な主張に帰するのである。ところで、かかる間接事実については、それが請求原因たる事実の存否、したがつて請求の当否の判断に必要な範囲において判断すれば足りるのであつて、いかなる場合においても当事者のあらゆる主張について判断しなければならないというものではない。いわんや、裁判は当事者の主張をできるだけ合理的に理解してこれに対して判断を与うべきであつて、たまたまその当事者の用いる表現に即して判断することは必要ではなくまた必ずしも妥当なことということもできない。再審原告が、原判決が再審原告の立論方法に即してその請求の当否を判断しなかつたことをもつて判断の遺脱であると主張するのは、当を得ないというべきである。)

本件再審の訴は不適法であつて、とうてい却下を免れない。よつて、再審訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 内田護文 判事 原増司 判事 入山実)

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